世界のプロレフリーが語る「ラグビーが教えてくれたこと」
プレイヤーからレフリーに
父親の影響で5歳からラグビーを始めた平林さん。大学在学中には、オーストラリアの名門ラグビークラブ「GPSクラブ」に所属し、1軍でプレーするまでとなる。そんな平林さんがレフリー活動を始めたのは、プレイヤーとしても活躍していた18歳のころ。19歳で宮崎県協会C級レフリー、21歳で九州協会B級レフリーの資格を取得し、クイーンズランド州公認審判員資格も取得した。そして1999年、オーストラリアから帰国すると、プロレフリーとしての活動を本格化させていった。
「国際試合を担当すると、1試合につき1キャップという単位がもらえますが、僕は21キャップ担当しました。国内トップリーグでは120試合、ワールドラグビーセブンズシリーズ(7人制ラグビーの国際大会)では、コアメンバーのレフリーとして参加させていただきました」。
多くの試合を担当し、いままで32カ国、53都市ものラグビー遠征をおこなってきた平林さん。イベントでは、世界のトップレフリーになるために必要なことを教えてくれた。
世界のトップレフリーの条件
“世界のトップレフリー”になるためには、知識や肉体的能力はもちろんのこと、そのほかにもコミュニケーションスキルやレフリングの正確性、チームプレイなどといった、経験を積まないと、習得できないさまざまな条件があるという。
「たとえば、ただ単にラグビールールを適用すればいいのではなく、試合のなかでその判定が必要なところだけに入っていけるかの能力も必要。試合中に、どこでコネクトすればいいのか、どこでステップバックすればいいのか、こういうことができないと世界のトップレフリーとして認めてもらえません。これは簡単に取得できるスキルではなく、そのために、僕は18歳からレフリーを始め、何十年もかけて、世界のトップレフリーとなる適性を磨いてきました」。
こうしたさまざまな条件をクリアしてなれるトップレフリーだが、実は、その役割はシンプルであり、「時間の管理」・「人の管理」・「ルールを適用する」といった3つの役割しかないと平林さんは話す。しかし、この3つの役割こそが、試合を将来に動かしていくためには最も重要であり、難しくもあるという。
「年々、チームの戦術が豊かになったり、選手のカラダもテクニックも成長しています。そうなるとどうなるかというと、試合の構造も日々、変化していくということです。そのなかでレフリーはこの3つの役割を遂行しなければならない。試合を将来に動かし、面白くし続けるためには、レフリーが、この変化に対応し、役割を遂行するための準備を常におこなわなければならないんです」。
世界のプロレフリーが語る「ラグビーが教えてくれたこと」
平林 泰三
ラグビーレフリー。5歳で宮崎ラグビースクールでラグビーを開始。19歳で宮崎県協会C級、21歳で九州協会B級、クイーンズランド州公認審判員資格も取得。
1999年にプロレフリーとして活動を開始。
2005年には当時最年少の28歳で日本協会公認A1級審判員となる。
2007年レフリーとして史上初めて日本ラグビーフットボール協会と契約を結ぶ。
2003年~2005年に日本IBMの分析・テクニカルスタッフ
2007年~2014年に日本代表の分析・サポートスタッフとして参加
ワールドラグビーエデュケーター/宮崎県スポーツランド宮崎推進アンバサダー/NEWSWEEK「世界が尊敬する日本人100人」/トップリーグベストホイッスルを3度受賞。
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