EVENT REPORT

Jan 2018

~“ありのまま”の水中世界を伝え続ける~
水中写真家が切り撮る『自然』の魅力

撮るだけでなく、世の中にどう出すか

撮るだけでなく、世の中にどう出すか

撮るだけでなく、世の中にどう出すか

勢いで独立し、何をしたら良いのかもわからなかった古見さんは、自分の写真を出版社に売り込む日々を送った。しかし、編集者からは「ただきれいなだけだよね」と全く相手にされなかったという。

古見さんはありとあらゆる雑誌や本を見ては研究し、どうすれば写真で仕事をもらえるようになるのか必死に考えた。そうして行き着いたのは、“人が求めるもの”を提供できなければ使ってなどもらえないということ。まずは“きれいな魚の写真”ではなく、誰もが興味を抱きやすい“社会的なテーマを持った水中写真”だと気づいた。

そこで取り上げたのが、世の中にはあまり知られていない『珊瑚の伝染病による白化現象』だった。写真だけでなく、自ら取材した記事が週刊誌のグラビアを飾り、写真家としての第一歩を踏み出したのだ。

「一生懸命潜っていい写真を撮ることも大事ですが、それだけではダメだったんですよね。撮った写真を世の中にどうやって出していくかということが大切なんだと気づきました。今でも、それができるのがプロだと思うし、どうしたら興味を持ってもらえるのか、受け取ってもらえるのかということは常に考えています」。

その考えのもと、2010年には独自の視点から魚たちの間にある“つながり”や、生き物たちの“社会”を切り取った初の写真集『WA!』が完成。魚のコミュニケーションを題材にしたこの写真集だが、表紙には制作チームの強い要望でウミガメの写真が採用された。

「僕は魚好きなので、表紙をウミガメの写真にするのは正直言って初めは嫌でした(笑)。でも、書店に並ぶ本をつくる以上、自己満足ではいけないので、周りの意見も聞いた方がいいと思って受け入れたんです。そしたらいろんな人が『あのウミガメの写真、いいですね』と言ってくれて、魚にしか興味がなかった僕もだんだんウミガメが好きになっていったんですよね。そのうち、いつかウミガメだけの写真集を出せたら素敵だなと思うようになり、世界中の海でウミガメの写真を撮り溜めていきました」。

そうして2015年に、アオウミガメの成長物語を綴った絵本のような写真集『WAO!: 海の旅人ワオの物語』を出版。その後も、“人が求めるもの”が何かを考え、世界中の海で撮影した写真をさまざまな形で発表していくこととなる。

目の前の事象に寄り添い、受けとめる

目の前の事象に寄り添い、受けとめる

意固地になりすぎずに周囲の意見を取り入れ、相手に受け入れてもらえる方法をとことん考える。柔軟でありながら諦めない、そんな古見さんの姿勢は撮影スタイルにも表れている。

「自然を撮る写真家になったときから、“自然のものは自然に撮るしかない”と思ってやっています。自然のものをセットアップして撮るとどんどん不自然になっていくし、それって自然を撮る写真家として一番やってはいけないことだと思うんですよね。だから生き物を撮るためには、絶対に我慢強くないといけないんですけど、僕はもともとすごく気が短い(笑)。撮影をしていても思うようにならないことの方がほとんどなので、小さなことでイライラしちゃダメだということを、海の中で生き物たちに教えられているような気分で向き合っています。おかげで今ではだいぶ気が長くなりました」。

そうは言っても、作品をつくる上で撮りたいと思う瞬間になかなか出会えず、悔しい想いで海から上がってくることも多いという。

「それでも、いつもそういう瞬間を求めて心に想っていると、いつか出会うことがあるんですよね。だから諦めない。一方で、撮れるまでずっと海の中にいたくてもそれは無理なわけで。そういう意味では『これ以上、潜っていたら死ぬな』っていう、生き死にの感覚は常にあります。だから、引くときは引く。その代わり、もう一度態勢を立て直して撮れるまでチャレンジする。相互的な意味での“諦めない”、なんですよね」。

そう語る古見さんにとって写真は、目の前で起こっている事象を「記録に残す」という側面が大きいという。

「よく、写真は自己表現だと称されることもあるけれど、僕は美しい写真を撮りたいというより、常にドキュメンタリーでありたいという気持ちが強いんです。その上で“目の前にいる魚を魚らしく撮る”とか“目の前のサンゴの問題を正確に収める”とか“70年経って崩れゆく船をしっかりと記録する”とか、一言ではいえないくらい多くのテーマや意味合いを持って写真を撮り続けています。だからこれからも、常に目の前の事象に寄り添い、受けとめるようにして、一本一本を大切に潜っていけたらと思っています」。

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~“ありのまま”の水中世界を伝え続ける~
水中写真家が切り撮る『自然』の魅力

古見 きゅう

東京都出身。本州最南端の町、和歌山県串本にて、ダイビングガイドとして活動したのち写真家として独立。現在は東京を拠点に国内外の海を飛び回り、独特な視点から海の美しさやユニークな生き物などを切り撮り、新聞、週刊誌、科学誌など様々な媒体で作品や連載記事などを発表している。
2015年にはウミガメを題材とした写真絵本「WAO!」(小学館)、世界中の海の情景をまとめた「THE SEVEN SEAS」(パイインターナショナル)、ミクロネシア連邦チュークの海底に眠る沈船を、9年に渡り記録したドキュメンタリー写真集「TRUK LAGOON」(講談社)の全くテーマの異なる3冊を上梓した。
日経ナショナルジオグラフィック写真賞2016ネイチャー部門最優秀賞受賞。

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