~敏腕編集者に学ぶ~人の心に響く企画のつくり方と届け方
ヒット作をつくるということ
次に紹介されたのは『花のズボラ飯』。これまで金城さんが立ち上げた作品の中で一番のヒット作だ。彼女が秋田書店で『Eleganceイブ』という主婦向けの雑誌を担当していた時に立ち上げたものだが、当時は同じ原作者の久住昌之さんのグルメ漫画『孤独のグルメ』がまだそれほど流行る前のタイミングだった。初めはこの作品がヒットするかどうかは全く読めなかったそうだが、連載開始後にネット上で話題になったり、編集部への異例の問い合わせ、単行本出版時の書店からの大量注文など、みるみるうちにヒットの階段を駆け上っていった。今にして思う本作のヒットの理由は何か尋ねてみた。
「企画がはっきりしていたことだと思います。それまでのグルメものは『美味しんぼ』のような究極のグルメやバトルものといった少年誌寄りの漫画が多かったので、『孤独のグルメ』はかなり異色の漫画でしたが、その路線で女の子が主人公の漫画というのが全くなかったんです。それを初めてやったのが『花のズボラ飯』だった。女の子がB級グルメを一人で食べてるというのが今までになくて新しくて、でも共感できるのが良かったのだと思います」。
続けて、若いOLが理想の家を夢見る『プリンセスメゾン』、異色のSFラブストーリー『あげくの果てのカノン』、トランスジェンダーの作者が描くエッセイコミック『女(じぶん)の体をゆるすまで』といった作品が紹介された。一度ヒット作を出すと、次もヒットを出さなければというプレッシャーを感じることはないのかという質問に彼女はこう答えた。
「プレッシャーはあります。でも、ヒットを目指さなかったら別に同人誌でいいんですよね。出版社に入って本をつくる以上、たくさんの人が見る機会があるという前提でやっているので、そうしてつくったものが売れることはやっぱり快感ですし、とにかく仲間が増えていくような感覚ですごく心強い。それをまた味わいたいから次もヒットしたいと思います。ただ大前提として、自分が“面白い”、“やりたい”と思えて、作家もやりたいと思ってくれるものを探すことが重要だと思うので、それは忘れないようにしています」。
企画の“面白さ”=“新しいかどうか”
作品の企画を考える上で、金城さん自身が“面白い”と思えるかどうかを大事にしているという話に対し、参加者から質問が上がった。個人の考える“面白い”と社会全体や他者が感じる“面白い”には差があるが、金城さんはどちらを優先しているのかというものだ。
「完全に個人の面白いと思うことを優先します。きっと、社会に合わせて面白いだろうなと思ってやったものって実感がない。当たりそうなものをつくるということだと思いますが、それで大ヒットしたとしても、なぜ当たったのかの理由が自分で分からなくて、ただ不安になるだけだと思うんです。だから絶対個人に寄った方がいいと思っていて、あとは設定や出すタイミングなど、それをどう伝えていくかという部分で工夫をするようにしています」。
では金城さんの考える“面白さ”の基準とはいったい何なのだろうか。
「“新しいかどうか”ですね。今まで聞いたことがないとか、一見聞いたことがありそうだけれどよくよく聞いてみると全然違うとか。たとえば『cocoon』も、ひめゆり学徒隊をモチーフにした若い人向けの戦争ものという点で新しいですし、『花のズボラ飯』も女主人公のグルメ漫画という点で新しかった。何か新しい要素が一つ以上あると、私は面白いと思いますし良い漫画だなと思います。世の中的に需要はあるけれど、その需要を満たせるものがまだないというものに気づけたら、良い作品や企画がつくれるのではないかと思います」。
~敏腕編集者に学ぶ~人の心に響く企画のつくり方と届け方
金城 小百合
㈱小学館 ビックコミックスピリッツ編集部
1983年生まれ。秋田書店に入社後、入社3年目に立ち上げた『花のズボラ飯』が「このマンガがすごい!」オンナ編1位、マンガ大賞4位受賞、TVドラマ化など話題に。その後、漫画誌「もっと!」を創刊、責任編集長を務める。その後、小学館に転職。その他の担当作に、藤田貴大主宰の「マームとジプシー」によって舞台化された『cocoon』、TVドラマ化作品『プリンセスメゾン』 、『あげくの果てのカノン』『往生際の意味を知れ!』『サターンリターン』『恋と国会』『女の体をゆるすまで』など。現在、スピリッツ編集部に所属しながら、ファッション・カルチャー誌「Maybe!」の創刊、編集にも携わっている。
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